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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)1051号 判決 1984年2月21日

原告

坂本クノ

ほか七名

被告

日本食鳥株式会社

ほか二名

主文

一  被告中山功は、原告坂本保雄に対し金二三五万八四八六円及びこれに対する昭和五三年五月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告川島先次に対し金一二一〇万一二二二円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らの被告中山功に対するその余の各請求及び原告らの被告日本食鳥株式会社、同日食飼料株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告坂本保雄と被告中山功との間に生じた分を九分し、その七を同原告の、その余を同被告の各負担とし、原告川島先次と被告中山功との間に生じた分を五分し、その三を同原告の、その余を同被告の各負担とし、その余はすべて原告坂本保雄、同川島先次を除くその余の各原告らの連帯負担とする。

四  この判決中、主文第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告坂本クノに対し金三五八万六二二七円、原告永井ミチ子に対し金一九三万四四九一円、原告坂本秀雄に対し金二二三万四四九一円、原告岡泉喜代子に対し金一九三万四四九一円、原告坂本賢次に対し、金一九三万四四九一円、原告坂本保雄に対し金一八〇六万五三一六円、原告川島先次に対し金三〇一五万八六六八円、原告川島英男に対し金七二二万四八〇四円、及び右各金員に対する昭和五三年五月一二日以降各支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五一年三月五日午前七時五八分頃、群馬県邑楽郡板倉町大字板倉三四二三番地先交差点(以下「本件交差点」という。)において、栃木県藤岡町方向から群馬県館林市方向に向けて進行中の、原告坂本保雄(以下「原告保雄」という。)及び同川島先次(以下「原告先次」という。)同乗、亡坂本寿四(以下「亡寿四」という。)運転の軽四輪貨物自動車(車両番号栃六ち〇三二九、以下「坂本車」という。)と、右方から交差道路(一般県道板倉籾谷館林線)を進行して交差点に進入してきた被告中山功(以下「被告中山」という。)運転の普通貨物自動車(車両番号茨一一に六六三一、以下「中山車」という。)が衝突する交通事故(右の事故を以下「本件事故」という。)が発生した。

2  権利侵害

本件事故により、亡寿四は、同日午前八時三〇分に館林厚生病院において、肺損傷、頭部打撲のため死亡し、原告保雄は右顔面挫傷、右手第二、第三、第四中手骨開放骨折、指伸筋腱断裂の、同先次は、頭部外傷(頭蓋底骨折)、右第三肋骨骨折、右橈骨骨折、右肩胛骨骨折の各傷害を負つた。

3  責任原因

(一) 被告中山

(1) 被告中山は、中山車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償責任を負う。

(2) 本件交差点近くの中山車進行道路(以下「本件道路」という。)は、本件事故発生当時、道路改良工事を実施中で進行禁止の措置がとられ、本件道路上には進行止めの標識、バリケード等が存在していた(右工事は昭和五二年一二月二四日に完了し、道路としての供用開始は同五三年二月二日である。)のであるから、被告中山は、本来本件道路を通行してはならず、仮に通行する場合には、当然本件交差点手前で除行又は一年停止をすべき義務があるのにこれを怠り、漫然時速六〇キロメートルの速度のままで本件交差点に進入した過失により、本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づき、原告らの被つた損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告日本食鳥株式会社(以下「被告食鳥」という。)、被告日食飼料株式会社(以下「被告飼料」という。)

旧日本食鳥株式会社(以下「旧食鳥」という。)は、本件事故当時ブロイラー等食鳥の生産、加工、販売を業とする会社であつたが、被告中山は、日ごろ同社茨城工場の委嘱を受けて同社購入に係る生鶏等を運送していたもので、本件事故発生当時も右生鶏の運送中であつたのであるから、右会社は、中山車の保有者に当たり自賠法三条の運行供用者責任を負う。そして本件事故発生後、右会社は被告飼料と商号を変更し、同時に、被告食鳥が設立されたが、同社は構成スタツフ、営業目的等において旧食鳥と同一である。したがつて、被告飼料、被告食鳥は、ともに、自賠法三条に基づき、原告らの被つた損害を賠償する責任を負う。

4  損害

(一) 亡寿四の損害

(1) 逸失利益 金八〇二万八六八二円

亡寿四は、本件事故当時六二歳であつたから、同人の就労可能年数は七年であり、同人の昭和五〇年における年間所得は、給与所得金六八万一五〇〇円、農業所得金四二万五九四五円、甘藷苗販売所得金九九万五三五〇円(売上金合計の二分の一)の合計金二一〇万二七九五円であつたから、右年間所得を基礎とし、生活費として三五パーセントを控除し、新ホフマン式計算法により年五パーセントの割合による中間利息を控除して、逸失利益の右死亡時における現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金八〇二万八六八二円となる。

2,102,795×(1-0.35)×5.874=8,028,682

(2) 慰謝料 金七五〇万円

亡寿四は、多年にわたり藤岡町町議会議員の職に在り、その活動範囲も広く、また身体も壮健で元気に活動していたのであるから、同人の死亡に対する慰謝料としては、金七五〇万円が相当である。

(3) 損害のてん補 金一二二七万円

亡寿四の死亡による損害に対し、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から金一二二七万円が支払われているので、右(1)(2)の合計金額から、右金額を控除すると、残額は金三二五万八六八二円となる。

(二) 相続

原告坂本クノ(以下「原告クノ」という。)は亡寿四の妻であり、原告永井ミチ子(以下「原告ミチ子」という。)、同坂本秀雄(以下「原告秀雄」という。)、同岡泉喜代子(以下「原告喜代子」という。)、同坂本賢次(以下「原告賢次」という。)及び同保雄は、亡寿四の子である(以上六名を、以下「亡寿四の相続人ら」という。)から、亡寿四の前記損害額につき、原告クノはその三分の一を、その他の亡寿四の相続人ら五名はそれぞれ一五分の二ずつを相続した。したがつて、右亡寿四の相続人らが相続した金額は、原告クノにつき金一〇八万六二二七円、その他の相続人ら五名につき各金四三万四四九一円となる。

(三) 亡寿四死亡に対する亡寿四の相続人ら固有の慰謝料として、妻である原告クノは金二五〇万円、子であるその他の相続人は各金一五〇万円が相当である。

(四) 葬儀費用 金三〇万円

原告秀雄は、亡寿四の長男として、亡寿四の葬儀費用金三〇万円を支出した。

(五) 原告保雄の損害

(1) 治療費 金八九万二一四〇円

原告保雄は、本件事故による傷害のため、館林厚生病院に昭和五一年三月五日から同年四月二日まで入院し、同年四月三日から同年六月一〇日まで通院した。そして、その間右病院に対し、治療費として金八九万二一四〇円を支払つた。

(2) 入院雑費 金一万四五〇〇円

一日当たり金五〇〇円により、入院期間二九日間の雑費金一万四五〇〇円を要した。

(3) 付添費 金五万八〇〇〇円

一日当たり金二〇〇〇円、右入院期間二九日間の付添費金五万八〇〇〇円を要した。

(4) 休業損害 金四二万八五一五円

原告保雄は、本件事故により、昭和五一年三月五日から同年六月一〇日までの間一切の労働に従事できなかつた。そして、同人は、本件事故当時、農業に従事するかたわら、坂本材木店に勤務していたが、その収入は明確でないので昭和四九年の賃金センサス年額金一五九万六〇〇〇円(二七歳平均)を基礎として前記就労できなかつた間の損害を計算すると、次の式のとおり、金四二万八五一五円となる。

1,596,000×98/365=428,515

(5) 逸失利益 金九七〇万七六七〇円

原告保雄は、本件事故の後遺症のため、労働能力の三〇パーセントを喪失した。同人は、昭和五一年六月一〇日現在満二七歳であるから、就労可能年数を三六年として前記賃金センサスに基づく年収を基礎とし、新ホフマン式計算法により年五パーセントの割合による中間利息を控除して、逸失利益の現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金九七〇万七六七〇円となる。

1,596,000×0.3×20.275=9,707,670

(6) 慰謝料 金五三〇万円

原告保雄の入通院期間中の慰謝料は金三〇万円、後遺症に対する慰謝料は金五〇〇万円が相当である。

(7) 損害のてん補 金一〇〇万円

原告保雄は、自賠責保険金一〇〇万円の支払を受けているので右(1)ないし(6)の合計額から右金額を控除すると、残額は金一五一三万〇八二五円となる。

(六) 合計

以上を合計すると、原告クノは金三五八万六二二七円、同ミチ子は金一九三万四四九一円、同秀雄は金二二三万四四九一円、同喜代子は金一九三万四四九一円、同賢次は金一九三万四四九一円、同保雄は金一八〇六万五三一六円の損害賠償債権をそれぞれ有することになる。

(七) 原告先次の損害

原告先次は、本件事故による前記傷害のため、昭和五一年三月五日から同年四月一二日まで館林厚生病院に、同年四月一二日から同年九月一一日まで足利赤十字病院にそれぞれ入院し、同年九月一二日から同五三年二月七日現在までなお足利赤十字病院に通院中である。

(1) 治療費 なし

右期間中の治療費は、労災保険及び自賠責保険から支払われている。

(2) 入院雑費 金三二万六一四〇円

原告先次は、一九〇日間にわたる入院中の看護婦謝礼、同室者交際費等諸雑費として右金額を支出した。

(3) 通院諸雑費 金三一万一六〇〇円

原告先次の通院は、当初の二ケ月間は週一回、その後昭和五三年二月七日までは隔週一回の割であるから、実通院日数は三八日である。通院のためのタクシー代が往復金八〇〇〇円、他に細目出費として通院一日当たり金二〇〇円を要したので、右の合計は金三一万一六〇〇円となる。

(4) 付添費 金一三三万二〇〇〇円

原告先次の病状は、入通院期間を通じて常時一名以上の付添を要するものであつたところ、同人は六六六日間の付添を要し右付添人費用は一日当たり金二〇〇〇円であつたから、右期間の付添費を計算すると、金一三三万二〇〇〇円となる。

(5) 逸失利益 金六一二万三九二八円

原告先次は、農業に従事するかたわら、坂本材木店に勤務して、昭和五〇年度は、農業所得として金五〇万六〇六八円を、給与所得として金六八万六七五〇円を得ていたから、同原告の昭和五〇年度における年間所得は金一一九万二八一八円となる。同原告は、本件事故により、殆ど廃人同様となり、昭和五三年二月七日現在ようやく意識の回復を見ている程度であつて、単独で日常生活を営み得るまでの回復は困難であるから、その労働能力は一〇〇パーセント喪失したものというべきである。そして、同人は満六六歳であるから、就労可能年数を六年とし、前記年収を基礎とし、新ホフマン式計算法たより年五分の割合による中間利息を控除して、逸失利益の現在価額を算出すると、次の計算式のとおり、金六一二万三九二八円となる。

1,192,818×5.134=6,123,928

(6) 慰謝料 金二二〇六万五〇〇〇円

入通院慰謝料について、入院一か月につき金一五万円、通院一か月につき金七万円が相当である。したがつて入院一九〇日間の慰謝料は金九四万五〇〇〇円、通院一六か月間の慰謝料は金一一二万円となり、また、事故前壮健で元気に労務に従事していた原告先次が本件事故により廃人同様となり、万事に家人の手を借りるほかない境遇に陥つた嘆きは大きく、この後遺症に対する慰謝料としては、金二〇〇〇万円が相当である。したがつて右慰謝料の合計は金二二〇六万五〇〇〇円となる。

(7) 合計 金三〇一五万八六六八円

以上を合計すると、原告先次の損害は、合計金三〇一五万八六六八円となる。

(八) 原告川島英男(以下「原告英男」という。)の損害金七二二万四八〇四円

原告英男は、原告先次の長男であるが、同原告の病状が重く、寝起きにも身体を支える男手が必要であることから、それまでの勤務先である株式会社阿野組での職を辞して、事故後一八カ月の間専心父先次の看護に当たらざるをえなかつた。右阿野組での仕事は、いわゆるハツリ屋であるが、退職前二一ケ月間の平均月収は金四〇万一三七八円である。したがつて、右父先次に付添つて看護をすることにより、原告英男に生じた損害は、次の計算式のとおり、金七二二万四八〇四円となる。

401,378×18=7,224,804

5  よつて、原告らは、被告ら各自に対し、本件交通事故による損害賠償として、原告クノにつき金三五八万四四九一円、同ミチ子につき金一九三万四四九一円、同秀雄につき金二二三万四四九一円、同喜代子につき金一九三万四四九一円、同賢次につき金一九三万四四九一円、同保雄につき金一八〇六万五三一六円、同先次につき金三〇一五万八六六八円、同英雄につき金七二二万四八〇四円及び右各金員に対する本件訴状が各被告に送達された日の後である昭和五三年五月一二日以降各支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(被告中山)

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2の事実のうち、亡寿四死亡の事実及び原告保雄及び同先次各負傷の事実は認めるが、その受傷の部位、程度は不知。

3 請求原因3(一)(1)の損害賠償責任及び同(2)の事実はいずれも否認する。

4 請求原因4(一)の事実のうち、亡寿四の経歴、職業は不知。損害額は争う。

亡寿四の逸失利益算定に当たり、同人は一家の支柱であるから生活費の控除率は四〇パーセントとするのが相当であり、中間利息の控除はライプニツツ方式によるべきである。同人の慰謝料額について金七五〇万円を相当と考え、農業所得、給与所得の額についてはそれぞれ原告ら主張額の八〇パーセントを認めるとしても、甘藷苗販売による利益を加えて算出した額は、金一四〇三万一一四一円となり、同人の損害に対しては、自賠責保険から既に金一二二八万四四四〇円が支払われているから、相続の対象となるべき金額は金一七四万六七〇一円である。

5 請求原因4(二)の事実は不知。

6 請求原因4(三)は争う。原告ら固有の慰謝は、既に計上されている亡寿四に対する慰謝料によつて十分である。

7 請求原因4(四)は争う。

8 請求原因4(五)は争う。

同4(五)(1)の治療費については、全額が自賠責保険から支払われており、原告保雄の支払に係るものはない。

同4(五)(3)の付添費については、右原告保雄の負傷部位からみて、同原告は、付添を必要としないものである。仮に付添を必要とするとしても、入院初期の短期間をもつて十分であり、また付添人は、同人の姉であり主婦である原告喜代子であることに鑑みても全期間中付添つていたものとは考えられない。したがつて、付添費は、原告保雄の請求額の三分の一強である金二万円を限度とすべきであり、これに請求原因4(五)(2)の入院雑費一万四五〇〇円を加えてもその合計は金三万四五〇〇円となるにすぎない。

同4(五)(5)逸失利益については、原告保雄の収入の基礎を賃金センサスに求めるのは妥当でない。同人は、自宅において、亡寿四、原告クノと共に農業に従事しているのであり、同人の逸失利益算定の基礎となるのは右農業収入であるが、右収入については、亡寿四の逸失利益として、請求原因4(一)(1)において計上ずみであるから、右原告保雄の逸失利益は零である。また、同原告は、本訴提起時においてさえ完全に治癒しており、労働能力喪失率を三〇パーセントとする原告らの主張は理由がない。したがつて、同原告に後遺症が存在することを前提とする逸失利益及び慰謝料の請求は、いずれも失当であり、仮に若干の後遺症が存するとしても、同原告は、自賠責保険から金一〇〇万円の保険金の支払を受けているので、同原告の損害は、前記付添費及び入院雑費の金三万四五〇〇円を含め、全額右自賠責保険金をもつててん補されている。

9 請求原因4(六)は争う。

10 請求原因4(七)について、原告先次の治療経過の詳細は不知、その損害については争う。

同4(七)(4)の付添費については、別途請求にかかる原告英男の損害と重復している。

同4(七)(5)の逸失利益算定に当たり、その基礎となる収入については、同原告の昭和四九年度における農業所得金五〇万六〇六八円と坂本材木店からの給与所得金二七万五二〇〇円を合計した金七八万一二六八円を基礎とすべきである。また、同原告は、<1>昭和五二年三月には意識が回復した通常の会話もできるようになつたこと、<2>同年八月には同原告に対する付添の必要がなくなり、原告英男は職場に復帰していること、<3>同五三年頃から原告先次は、介添なしで歩行できるようになつたこと、<4>検査のための通院も、昭和五四年中で二ケ月に一回、同五五年では四ケ月に一回、同五六年には一回もなくほぼ治癒していると考えられることなどの事実に照らせば、原告先次の逸失利益算定の基礎や各慰謝料の額は、その根拠を欠く過大な請求というべきである。したがつて、同原告の損害としては、同原告の請求額の三分の一をもつて妥当とすべきであるが、同原告は、自賠責保険から金一〇〇万円、労災保険から金四二〇万五二一七円の合計金五二〇万五二一七円の支払を受けているから、右合計金五二〇万五二一七円は、損害から差し引かれるべきである。

11 請求原因4(八)について、損害額は争い、その余の事実は不知。原告英男の損害は、前記10で述べたとおり、同先次の付添費と重復している。仮に同人の逸失利益を計上するとしても、同人の年間所得は、金二〇〇万円をその基礎とすべきであるから、同人の損害は、約金三〇〇万円が限度となる。

(被告食鳥、同飼料)

1 請求原因1の事実について、中山車と坂本車とが衝突した事実は認めるが、その余の事実は不知。

2 請求原因2の事実のうち、亡寿四死亡の事実は認めるが、その余の事実は不知。

3 請求原因3(一)について、本件道路は通行禁止道路ではなく、被告中山には本件交差点手前で徐行もしくは一時停止をする義務はないから、同被告に過失はない。

4 請求原因3(二)について

(一) 被告食鳥、同飼料の関係について

被告食鳥は、昭和五二年三月二二日設立登記された会社であつて、本件事故発生当時には存在していなかつた。すなわち、本件事故発生当時に存在した旧食鳥は、昭和五二年三月三一日、商号を日食飼料株式会社と改め、同日その旨の登記手続を経由したものである。したがつて、旧食鳥と被告食鳥とは別個の法人であり、被告食鳥は本件事故と無関係であるから、同被告に対する本訴請求は理由がない。

(二) 旧食鳥が、本件事故発生当時ブロイラー等食鳥の生産、加工、販売を業としていたこと、及び本件事故発生当時、被告中山が、被告飼料の購入に係る生鶏の運送中であつたことは認めるが、<1>中山車は、被告中山の所有であり、かつ、本件事故発生当時、同被告においてこれを運転していたこと、<2>被告中山は、旧食鳥とは無関係の独立の自営運送業者であり、旧食鳥の運送に専従していたものではないこと、<3>中山車に旧食鳥の従業員二名が同乗していたが、これは生鶏を捕獲して篭に詰める作業を手伝うためであつて、被告中山の運行を補助するためのものではなかつたこと等の事実からすれば、旧食鳥は中山車の運行を支配していたものではなく、保有者には当たらない。したがつて、旧食鳥は、自賠法三条の運行供用者責任を負うものではなく、被告飼料にも責任はない。

5 請求原因4の事実はすべて不知。

三  抗弁

(被告中山)

免責及び過失相殺

本件事故は、亡寿四の一方的過失により生じたものであつて、被告中山に過失はない。すなわち、

(一) 本件道路について

本件道路について、本件事故発生当時、通行禁止の措置はとられていなかつた。本件事故当日、中山車の進行道路上には、通行禁止を明示するバリケード、標識等は何もなく、かえつて右道路沿いの富士食品工業等の工場に出入りする大型トラツクや送迎用バス、その他農作業の車などが多数本件道路を通行しており、右道路はその通行を認められていたものである。したがつて、被告中山が本件事故当日本件道路を通行していたこと自体について何ら過失はない。

(二) 亡寿四の過失について

<1>坂本車進行道路上の本件交差点手前には、本件事故当時、黄色の停止線が存在したこと、<2>坂本車が同停止線において一旦停止の措置をとらなかつたこと、<3>本件道路は坂本車進行道路の倍近い幅員を有し、優先ないし広路道路であること、<4>坂本車の方が先に交差点に進入していないこと、<5>坂本車は本件事故直前に制動措置を全くとつていないこと、などの事実からすれば、本件事故は、<1>停止線手前で停止の措置をとらず、<2>中山車に気づかず、もし気づいたとしても自車が先に本件交差点を走り抜けられると誤信し、<3>優先関係を無視して右交差点に進入した、坂本車の一方的過失に基づくものであり、被告中山に過失はない。

仮に被告中山に過失があるとしても、同被告の過失は、坂本車が同車進行道路上の停止線で一旦停止するものと誤信したために制動措置をとることが遅れたという点だけであつて、同被告の過失割合は、本件道路状況及び坂本車の前記動静に鑑み、一〇パーセントを超えるものではない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は、原告らと被告中山との間においては争いがないが、原告らと被告食鳥、同飼料との間においては、中山車と坂本車が衝突したこと以外の事実について争いがあるので、この点について判断するに、いずれも成立に争いのない甲第一号証、第六号証、第一〇号証、原告らと被告中山との間では成立に争いがなく、原告らと被告食鳥、同飼料との間では被告中山本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第二号証、原告保雄、同英男、被告中山の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、請求原因1の事実(前記争いのない部分を除く。)が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  請求原因2(権利侵害)の事実のうち、亡寿四死亡の事実については当事者間に争いがなく、原告保雄、同先次各負傷の事実は、原告らと被告中山との間においては争いがない。そして原告らと被告中山との間ではいずれも成立に争いがなく、原告らと被告食鳥、同飼料との間では、原告保雄本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第四号証の一、二及び原告英男本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第五号証の一、二と原告保雄、同英男各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、亡寿四死亡の点を除くその余の請求原因2の事実(原告らと被告中山との間においては、原告保雄、同先次各負傷の点を除く。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  被告中山の責任

1  前掲甲第一号証、第二号証、第六号証、成立に争いのない乙第四号証、証人後藤利雄、同高橋貞弘の各証言、被告中山本人尋問の結果を総合すると、被告中山は、本件加害車両である中山車の所有者であること、同被告は本件事故発生当時中山運送の名称により個人で運送業を営んでいたこと、本件事故は、右運送営業のため、後藤養鶏場において積み込んだ生鶏を運送中の事故であるごとが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被告中山は、中山車の保有者であるというべきである。

2  免責及び過失相殺の抗弁について

(一)  本件交差点付近の道路状況について

前掲甲第二号証、第六号証、第一〇号証、乙第四号証、成立に争いのない丙第一号証の一ないし四、証人坂上益照の証言により成立の認められる(ただし、原告らと被告食鳥、同飼料の間では、本件事故現場の写真であることに争いがない。)甲第八号証の一ないし六、弁論の全趣旨により成立の認められる(ただし、原告らと被告食鳥、同飼料の間では、本件事故現場の写真であることに争いがない。)甲第九号証の一ないし三、証人中島清、同後藤利雄(後記採用しない部分を除く。)、同坂上益照、同田口吉作、同中山五子(後記採用しない部分を除く。)の各証言、原告保雄、被告中山の各本人尋問の結果(被告中山本人尋問の結果中後記採用しない部分を除く。)を総合すると、以下の事実が認められる。

本件道路は、昭和四四年一二月四日改良工事に着手され、同五二年一二月二四日右工事が完了し、同五三年二月二〇日に道路として供用開始されたが、本件事故当時、本件道路の本件交差点を含む東側約二二〇メートル及び西側約二六〇メートルはすでに工事が完了し、西側約二六〇メートルより先の工事未完成部分は、舗装工事部分及び砂利道が続いており、本件交差点より東方約二二〇メートルの県道除川板倉線とのT字路の本件道路入口には、「この道路は建設中のため通り抜けはできません 群馬県」との看板が設置されていた。本件交差点は、本件道路と坂本車進行道路である町道との交差点であるところ、本件道路は車道の幅員が約六メートルのアスフアルト道路であり、これと交差する右の町道は幅員約五メートルのアスフアルト道路である。本件交差点内には本件道路のセンターラインが引かれており、本件交差点の周辺は農地であつて、左右の見通しの非常によいところである。本件事故当時、本件道路は未だ正式に道路として供用されていたわけではないが、本件道路付近にある工場に出入りしたり、農作業に往来するなどの多数の車両が本件道路を通行していた。

ところで、原告らは、本件交差点近くの本件道路上には、本件事故発生当時、本件道路の通行止めの標識、バリケード等が存在した旨主張し、前掲甲第八号証、第九号証(いずれも現場写真)、証人坂上益照及び同田口吉作の各証言、原告保雄本人の供述中には、原告らの右主張に沿うかのような部分がないではない。すなわち、右甲第八号証、第九号証の写真には、原告ら主張の通行止めの標識、バリケード等が撮影されてはいるが、しかし、右写真はそれぞれ本件事故日以後の昭和五一年六月一〇日及び同年三月二〇日の各撮影に係るものであつて、右通行止めの標識、バリケード等は、本件事故の発生を知つた関係者によつて事故後に設置されたことも十分に考えられるところであるから、右の各写真があるからといつて、直ちに本件事故当時に原告ら主張の通行止めの標識、バリケード等が存在していたものと即断することはできない。また、上掲各証言及び供述によれば、証人坂上、同田口及び原告保雄は共に、事故当日に右通行止めの標識、バリケード等を目撃したというわけではないことが認められ(右認定に反する証拠はない。かえつて証人田口の証言中には、事故当日事故車を引き取りにいつた際にはバリケードに気がつかなかつた旨の供述がある。)るとともに、前掲甲第六号証(実況見分調書)には、右通行止めの標識、バリケード等に関する記載は全くなく、同調書中にも、それらしき物体が撮影された写真は存在せず、また、同調書添付の写真の中にもそれらしき物体の写つたものはないうえ、かえつて、右調書中には「交通規制なし」の記載があることに照らすと、前記証人坂上及び同田口の各証言部分、原告保雄の供述部分をもつて、原告ら主張の通行止めの標識、バリケード等が事故当日現場に存在したものと認めるには十分でないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

他方被告中山は、坂本車進行道路である町道上の本件交差点手前に黄色の停止線が存在した旨主張し、証人後藤利雄及び同中山五子の各証言、被告中山の供述中には、同被告の右主張に沿う部分があり、また成立に争いのない丙第一号証の三の写真には、坂本車の進行してきた町道上の本件交差点手前に一時停止標識及び白色の一時停止線が撮影されている。しかし、右写真は本件事故日以後の昭和五三年一二月八日の撮影に係るものであつて、被告中山自身もその本人尋問中において、右一時停止標識及び白色の一時停止線が本件事故後に設置されたものであることを認める供述をしている(被告中山本人尋問の結果)のであるから、丙第一号証の三のみでは、本件事故当時に被告中山主張に係る停止線が存在したものと認めるに足りないし、前掲甲第六号証(実況見分調書)にも黄色の停止線に関する記載はなく、かえつて「交通規制なし」の記載があることに照らすと、右証言及び供述部分はにわかに採用できず、他に右停止線の存在したことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  本件事故の態様について

前掲甲第一号証、第二号証、第六号証、乙第四号証、原告保雄、被告中山本人尋問の結果(採用しない部分を除く。)を総合すると、以下の事実が認められる。

後藤養鶏場において生鶏を積み込んだ被告中山は、本件道路を西から東に向けて時速約五〇キロメートルで走行中、衝突地点より約二六・五メートル手前の地点において、交差道路左前方の衝突地点より約三一・八メートル手前の地点付近に時速約四〇キロメートルで走行中の坂本車を認めた。被告中山は、右坂本車が交差点手前で停止するだろうと思い、前記速度のままで漫然進行し、衝突地点より約八・二五メートル手前の地点で右坂本車が一時停止することなく本件交差点内に進入してきたのに気づき、危険を感じて急ブレーキをかけたが問に合わず、本件交差点のほぼ中央付近において自車の右前部を坂本車の運転席側ドア部分に衝突させ、両車はそのまま本件道路上を約三〇メートル進行して停止した。なお、坂本車が急制動措置をとつたと思われるスリツプ痕は認められず、坂本車は中山車に対する関係では左方車両になる。

もつとも、被告中山は、坂本車は本件交差点手前の停止線で一旦減速したものの、その直後に急加速して本件交差点に進入した旨供述している(同被告本人尋問の結果)けれども、黄色の停止線を認めるに足りる証拠がないことは前記説示のとおりであるし、前掲甲第六号証(実況見分調書)中の立会人被告中山の指示説明欄中の、坂本車が交差点内に減速せずに直進して来た旨の記載に照らすと、同被告の右供述部分は採用できず、他に前段認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  被告中山及び亡寿四の過失

(1) 前記認定の事実関係に基づき、被告中山の過失の有無を判断するに、同被告は前記認定のとおり、衝突地点より約二六・五メートル手前で交差道路左前方に坂本車を発見し、同車が本件交差点に近づくのを認めていたのであるから、本件交差点手前では少なくとも徐行をすべき注意義務があつたといわなければならない。確かに本件交差点内には本件道路のセンターラインがひかれ、右道路は町道に対し優先道路の態をなしてはいるが、前記のとおり、本件道路は、当時、未だ正式に道路として供用されていたわけではないから、道路交通法上の優先道路であるとしても右の注意義務に大きな差異があつたものということはできず、したがつて、被告中山は、本件のように信号機のない交差点に進入するに際し、交差道路から本件交差点に進入しようとする車両を認めた場合には、同車がそのまま本件交差点に進入してくることもありうることとして、右交差点手前で、少なくとも徐行すべき義務があつたものというべきである。しかるに、被告中山は、右義務を怠り、漫然同速度のままで右交差点に接近し、交差点直前になつて急制動をかけ、結局本件事故を惹きおこしたのであるから、本件事故の発生につき被告中山には過失があるものといわなければならない。

(2) 次に亡寿四の過失について検討するに、前記認定のとおり、町道上に坂本車のスリツプ痕が残つていなかつたことからして、同人は衝突直前まで中山車に気づかなかつたものと推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。そうすると、左右の見通しがよく、交差道路に他車両が存在するか否か容易に判明する前記道路状況にありながら、右車両に対し注意を用いず、一時停止もしくは徐行することもなく漫然本件交差点に進入した亡寿四に、側方注意義務違反の過失があつたことは明らかである。なお、本件道路が未だ正式に道路として供用されていない道路であるとしても、そのことを理由に、亡寿四が右の注意義務を免れるものでないことはいうまでもない。

(四)  以上によれば、本件事故は、前記のとおり、信号機のない交差点におけるいわゆる出合頭の衝突事故であつて、被告中山に少なくとも徐行義務違反の前記過失のあることが明らかであるから、同被告の免責の主張は理由がない。したがつて、同人は、自賠法三条に基づき後記損害を賠償する責任を負う。しかし、一方、亡寿四にも側方注意義務違反の過失があることは否定できないところ、本件道路全般の状況、本件事故の態様、被告中山の過失など前記説示にかかる諸般の事情を総合すると、亡寿四の死亡に関する損害については、四五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

四  被告食鳥、同飼料の責任

本件事故当時、旧食鳥がブロイラー等食鳥の生産、加工、販売を業とし、本件事故当時、被告中山が、被告飼料(従前の商号は旧食鳥)の購入に係る生鶏の運送中であつたことは原告らと被告食鳥、同飼料との間に争いがない。そこで、旧食鳥が保有者として運行供用者責任を負うか否かを検討するに、前掲乙第四号証、成立に争いのない乙第三号証の一ないし一五、証人高橋貞弘、同後藤利雄の各証言、被告中山本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。すなわち、旧食鳥は、生鶏の運送については、昭和五〇年九月までは、根本商店、秋田精米所等被告中山以外の者に依頼していたが、同年一〇月六日から中山運送店こと被告中山に依頼するようになり、同被告は、同年一〇月は四日間、同年一二月は一二日間、翌五一年一月は二日間、同年三月は事故日も含めて五日間、それぞれ生鶏の運送に従事したこと、同被告は、当時、白菜等の運搬の仕事の合間に旧食鳥依頼に係る右の仕事に従事していたこと、同被告には右生鶏の運送賃として旧食鳥から一回ごとに金五〇〇〇円が支払われていたこと、中山車は、同車フロントガラス上方の屋根の部分に「NAKAYAMA」と、また、運転席ドア部分に「中山」と表示した普通貨物自動車であること、本件事故時、右中山車には、旧食鳥の社員である浦口正、根本某の両名が生鶏の積み込み先である後藤養鶏場において生鶏を捕える手助けをするため同乗していたこと、の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定の各事実によれば、被告中山が旧食鳥の生鶏運送に従事したのは約五ケ月間のうちわずか二三日間にすぎず、同被告の主たる仕事は、白菜の運送にあつたことが明らかであるところ、この点からすれば、同被告が、専属的に旧食鳥の仕事に従事していたものとはとうていいえないし、また、右認定のとおり、運送賃も一回ごとに支払われており給料制ではなく、更に中山車には「中山」の旨の明示はあつても何ら旧食鳥に関する表示があつたわけではないことも併せ考えると、本件事故当時旧食鳥は、被告中山に対する関係では、生鶏運搬についての単なる注文者であつたにすぎず、右事故当時、旧食鳥が右中山車の保有者の地位にあつたものとすることはできない。その他右の点を肯認するに足りる事実関係を認めるに十分な証拠はない。そうすると、旧食鳥に自賠法三条に基づく損害賠償責任が存するものということはできないから、被告食鳥、同飼料にも自賠法三条の損害賠償責任はない。したがつて、右の責任が存することを前提とする原告らの同被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

五  請求原因4(原告らの損害)について判断する。

1  亡寿四の損害について

(一)  逸失利益 金七九〇万三〇七六円

成立に争いのない甲第三号証の一、二と第一二号証、いずれも原告クノ本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一一号証、第一三号証の一ないし六、第一四号証の一ないし四及び原告クノ、同保雄の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、亡寿四は死亡当時六二歳であり、本件事故がなければなお七年間稼動可能であつたこと、同人は昭和四九年には、米の供出に伴う農業所得として金四二万五九四五円の収入をあげており、同五〇年もまた同額程度の収入をあげえたものと認められること、同人は、そのほか同五〇年には<1>坂本材木店から金六八万一五〇〇円の給与所得を得ていたほか<2>甘藷苗の販売により金九九万三八二五円の利益をあげていたこと(前掲甲第一三号証の一ないし六及び甲第一四号証の一ないし四記載の各金額を合計すると金一九八万七六五〇円となるが、うち二分の一を経費として差し引くと利益は右金額になると認められる。)がそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そこで、亡寿四の稼動可能な七年間の逸失利益算定に当たり、昭和五〇年の年収合計金二一〇万一二七〇円を基礎とし、生活費として三五パーセントを控除し、ライプニツツ式計算法により年五パーセントの割合による中間利息を控除して亡寿四の逸失利益の死亡時における現価を算定すると、次の計算式のとおり、金七九〇万三〇七六円(一円未満切捨て)となる。

(425,945+681,500+993,825)×(1-0.35)×5.7863=7,903,076

(二)  慰謝料 金七〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、亡寿四は、本件事故により死亡するに至る傷害を受け、多大の精神的苦痛を被つたことが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)ところ、本件事故の態様、同人の年齢その他諸般の事情を総合すると、右精神的苦痛に対する慰謝料は、金七〇〇万円が相当である。

(三)  亡寿四の相続人ら固有の慰謝料 各金五〇万円

原告クノ本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告クノは亡寿四の妻であり、原告保雄、同喜代子、同ミチ子、同賢次、同秀雄は、それぞれ亡寿四の子であること、亡寿四の死亡について、右原告らが精神的苦痛を被つたことが認められるところ、右精神的苦痛に対する慰謝料は、各人につき金五〇万円が相当である。

(四)  葬儀費

弁論の全趣旨によれば、原告秀雄は亡寿四の葬儀費として金三〇万円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(五)  合計

右(一)ないし(四)を合計すると、亡寿四の死亡に関する損害額は、金一八二〇万三〇七六円となる。

(六)  過失相殺

亡寿四の死亡に関する損害につき、前記のとおり四五パーセントの過失相殺をすると、同人の死亡に関する損害額は、金一〇〇一万一六九一円(一円未満切捨て)となる。

(七)  損害のてん補

成立に争いのない丙第二号証によれば、原告らは、亡寿四の死亡に関し、自賠責保険金一二二八万四四四〇円(右金額中に亡寿四の相続人ら固有の慰謝料及び原告秀雄支出にかかる葬儀費三〇万円が含まれてることは当判所に顕著である)の支払を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして前記亡寿四の死亡に関する損害額から右てん補額を差し引くと、右損害は、すべててん補ずみということになる。

(八)  以上によれば、原告坂本クノ、同永井ミチ子、同坂本秀雄、同岡泉喜代子、同坂本賢次の本訴各請求及び同坂本保雄の、亡寿四の死亡を理由とする本訴請求は、いずれも理由がない。

2  原告保雄の損害について

(一)  治療費 なし

原告保雄本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告保雄の治療費についてはすべて保険によつてまかなわれ、同原告自身は何ら支払をしていないことが認められる。もつとも、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一六号証(原告ら代理人の病院における聞き取り書き)中には原告保雄の治療費として合計金八五万二一〇〇円を要した旨の記載があるが、右は必ずしも原告保雄が支払つたことを裏付ける資料としては十分でないから、右認定を左右するに足りない。

(二)  入院雑費 金一万四五〇〇円

前掲甲第四号証の一、二及び原告保雄本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告保雄は、本件事故による前記傷害のため、館林厚生病院に昭和五一年三月五日から同年四月二日まで入院し、一日当たり金五〇〇円の雑費を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、入院二九日間の入院雑費は合計金一万四五〇〇円となる。

(三)  入院付添費 金五万八〇〇〇円

原告保雄本人尋問の結果によれば、前記認定に係る同原告の入院期間中、姉である原告喜代子が原告保雄に付き添つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、その付添費としては、一日当たり金二〇〇〇円が相当であるから、入院二九日間の入院付添費は、合計金五万八〇〇〇円となる。

(四)  休業損害 金四六万一八三〇円

原告保雄は、本件事故により昭和五一年三月五日から同年六月一〇日まで全く仕事に従事できなかつた旨主張し、同原告本人の供述中には、同原告の右主張に沿う部分があるが、前記認定のとおり、館林厚生病院に同原告が入院していたのは同年四月二日までであること、前掲甲第四号証の一と原告保雄本人尋問の結果によれば、同原告は、同月三日以後は通院していたものであることが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)こと、同原告の仕事の内容が後記認定のとおりであること、及び同原告の受傷部位、程度が前記認定のとおりであること等を併せ考えると、同原告は、入院期間二九日間は一〇〇パーセントの、通院期間六九日間は七〇パーセントの得べかりし収入を喪失したものと認められ、右認定を左右すべき証拠はない。そして、原告保雄本人尋問の結果によれば、同原告は、本件事故前、農業に従事し、併せて農閑期には原告秀雄の経営する坂本材木店で働き、一日当たり約金七〇〇〇円の収入を得ていたことが認められ(右認定を左右すべき証拠はない。)るが、年間における右農業収入及び坂本材木店よりの収入が明らかでない点を考慮して、原告保雄の基礎収入の算定に当たつては、賃金センサスによることとし、昭和五一年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計の男子労働者の二五歳から二九歳の平均所得である金二一八万〇七〇〇円を基礎として同人の休業損害を計算すると、次の計算式のとおり金四六万一八三〇円(一円未満切捨て)となる。

(2,180,700×29/365)+(2,180,700×69/365×70/100)=461,830

(五)  逸失利益 金四七万二〇五六円

原告保雄は、本件事故のため後遺症が残り、将来にわたつて労働能力を三〇パーセント喪失した旨主張し、同原告本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五五年一一月二〇日の右本人尋問期日の時点において、多少手の方がおかしく、無理したり寒さにあえば痛むこと、また顔面には右耳の上から右目の下二センチメートル位のところにかけて傷が残つたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はなく、また前掲甲第四号証の二によれば館林厚生病院医師の同原告に対する診断書には、「顔面には最大一二糎長の瘢痕を残す。右手指の屈曲僅かに制限され後療法中なるも向う三週間で治癒の見込なり。」との記載があることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。右認定の事実及び前認定の事実((四)休業損害の項で認定した事実)によれば、同原告の後遺症は、昭和五一年六月一〇日に固定し、自賠法施行令二条後遺障害別等級表の第一四級(労働能力喪失率五パーセント)に相当し、右労働能力喪失期間は五年間とするのが相当であると認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、同原告の後遺症による逸失利益の額は、次の計算式のとおり金四七万二〇五六円(一円未満切捨て)となる。

2,180,700×0.05×4.3294=472,056

(六) 慰謝料 金一五〇万円

本件事故の態様、原告保雄の受傷部位、年齢、職業、入通院期間、後遺障害の程度その他諸般の事情を考慮すると、本件事故に基づく同人の受傷による精神的苦痛に対する慰謝料としては、金一五〇万円が相当である。

(七) 合計 金二五〇万六三八六円

前記受傷による原告保雄の損害を合計すると金二五〇万六三八六円となる。

(八) 損害のてん補

原告保雄は、右損害に対し、自賠責保険金金一〇〇万円の支払を受けていることを自認しているが、他方、被告中山は、原告保雄の治療費が自賠責保険から全額支払われていることを自認しているところ、前掲甲第一六号証、原告保雄本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば右金一〇〇万円のうち金八五万二一〇〇円は治療費として病院に対して支払われていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、原告保雄の受傷を理由とする本訴請求に対する損害のてん補となるのは、右金一〇〇万円から右金八五万二一〇〇円を差し引いた金一四万七九〇〇円ということになる。そして、前記(七)の損害額から右金額を控除すると、残額は金二三五万八四八六円となる。

3  原告先次の損害について

(一)  入院雑費 金九万五〇〇〇円

前掲甲第五号証の一、二及び原告英男本人尋問の結果により成立の認められる甲第一七号証と同本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告先次は、本件事故による前記障害のため、昭和五一年三月五日から同年四月一二日まで館林厚生病院に、同日から同年九月一一日まで足利赤十字病院に(以上合計一九〇日間)それぞれ入院し、一日当たり金五〇〇円の雑費を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、右入院期間中の雑費は、合計金九万五〇〇〇円となる。

(二)  通院交通費及び通院雑費 金一五万九六〇〇円

原告先次は、実通院日数三八日を要した旨主張し、右期間中の通院雑費、通院交通費を請求しているのでこの点について検討するに、原告英男本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告先次は、退院後半年間は週一回、その後昭和五三年末ころまでは月二回程度、それぞれ通院(したがつて少なくとも三八日以上を通院)したこと、右通院期間中の通院雑費として一日当たり金二〇〇円を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、右期間中の通院雑費は合計金七六〇〇円となる。また、原告英男本人尋問の結果及び前掲甲第一七号証によれば、原告先次は、右通院に際しタクシーを利用するかもしくは親せきの自動車に同乗したものであるが、タクシーを利用した場合には一回あたり金八〇〇〇円を要した事実が認められ(右認定を左右すべき証拠はない。)るところ、前記認定に係る同原告の傷害の部位、程度からみると、右三八日間の通院のうち半分の一九日間のタクシーによる通院につき要した合計金一五万二〇〇〇円が、本件事故と相当因果関係にある損害であるとするのが相当である。したがつて、雑費及び交通費の合計額は金一五万九六〇〇円となる。

(三)  付添費 金一六六万五〇〇〇円

前掲甲第五号証の一、二及び原告英男本人尋問の結果によれば、原告先次は、本件事故に基づく前記傷害により、昭和五一年一二月ころは、頭蓋底骨折のため右眼の視力を喪失したうえ、痴呆状態となつて独自の生計を営める状態になく、また、その後、右状態は徐々に改善し同五三年末ころには、付添なしで生活できるようになつたものの、右眼の視力はなお喪失したままであることが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、原告先次は、少なくとも同原告主張に係る六六六日間の全日付添を要したものというべく、原告先次の右症状に照らして、その付添費用としては一日当たり金二五〇〇円が相当であるから、右期間中の付添費用は合計金一六六万五〇〇〇円となる。

(四)  逸失利益 金四四二万三一一〇円

前掲甲第五号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告先次は、事故時六五歳であり、本件事故がなければなお六年間稼働可能であつたものと認めることができる(右認定を左右すべき証拠はない。)ところ、前記認定のとおり、同原告は、本件事故後昭和五三年末までは独力で生活できなかつたのであるから、右期間は全く収入を得ることができなかつたものと推認され(右推認を左右すべき証拠はない。)、右期間以降については、原告らは、後遺症診断書等の証拠を何ら提出しないが、原告先次の負つた傷害が頭蓋底骨折等の重傷であり、昭和五三年末ころまでは独力で生活できなかつたこと、本件事故により右眼の視力が喪われたこと等に照らすと、原告先次の傷害については、昭和五三年末ごろに症状が固定し、右時期以降なお稼働可能な三年間にわたり、少なくとも得べかりし収入の七〇パーセントを喪失したものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はない。

そして、いずれもその成立に争いのない甲第一八号証、丙第五号証ないし第九号証によれば、原告先次は、事故当時は一日平均金二五六〇円(一円未満切捨て)の収入を得ていたことが認められ(右認定を左右すべき証拠はない。)るから、同原告の逸失利益は、次の計算式のとおり合計金四四二万三一一〇円(一円未満切捨て)となる。

(2,560×1,032)+(2,560×365×0.7×2.7232)=4,423,110

(五)  慰謝料 金六五〇万円

本件事故の態様、原告先次の年齢、職業、受傷の部位、程度、入通院期間、後遺障害の程度等諸般の事情を考慮すると、本件事故を原因とする同原告の受傷による精神的苦痛に対する慰謝料としては、金六五〇万円が相当である。

(六)  合計

前記(一)ないし(五)を合計すると、原告先次の損害額は合計金一二八四万二七一〇円となる。

(七)  損害のてん補

成立に争いのない丙第四号証、前掲丙第五号証ないし第九号証によれば原告先次の損害に関し、自賠責保険から病院に対し金一〇〇万円が支払われ、労災保険から金四二〇万五二一七円(そのうち療養給付を除く休業補償給付は金七四万一四八八円)が給付されたことが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)ところ、治療費は本訴請求外であるから、同原告の有する損害賠償債権額は、右金七四万一四八八円を前記(六)の金額から控除した残額は金一二一〇万一二二二円となる。

4  原告英男の損害について

原告英男は、原告先次の付添のため職を辞して看護に当たつたから、右付添期間中の同原告の逸失利益につき賠償を求める旨主張し、原告英男本人尋問の結果中には、事故日以後翌五二年八月末まで付添に専念した旨の供述部分があるけれども、かような長期にわたり職を辞してまで原告先次の看護に当たる必要性があつたか否か、必ずしも明らかでないばかりでなく、本件においては、右期間中の付添看護費につき、前記3(三)の付添費以上の付添費を要したことを首肯するに足りる主張立証もない。したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告英男の右請求は理由がない。

六  以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴各請求は、被告中山に対して、原告保雄において、本件事故による損害賠償として、金二三五万八四八六円及びこれに対する本件訴状が被告中山に送達された日の後であることが記録上明らかな昭和五三年五月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告先次において、本件事故による損害賠償として、金一二一〇万一二二二円及びこれに対する右昭和五三年五月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める各限度で理由があり、原告らの同被告に対するその余の各請求及び原告らの被告食鳥、同飼料に対する各請求はいずれも理由がないから、右理由のある限度でこれを正当として認容し、その余はこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を各適用して主文第三項のとおりこれを負担させ、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仙田富士夫 芝田俊文 古久保正人)

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